日常の中で「死」を意識することは、そう多くない。少なくともわたしは、自分の「死」をどこか遠い存在として認識しています。
今回読んだ『死神の精度』は、死神という特殊な存在を通じて、わたしたちがいつか必ず直面する「死」について考えるきっかけをくれる小説でした。
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人間の「死」を判定する死神・千葉。彼は対象となる人間に近づき、7日間の観察を経た上で、その人間の死を「可」か「見送り」かを判断する。
真面目で音楽好き、人間とはどこかズレた感性を持つ千葉が、さまざまな人間と出会いながら任務をこなしていく。この小説はそんな連作短編集です。
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死神の仕事を描いた本作の物語は、常に死が付きまとう。それなのに終始カラッとした雰囲気が漂っていると感じられるのは、やはり死神・千葉の存在の影響が大きいでしょう。
わたしがこの小説で好ましく思ったのが、千葉のキャラクター性が最後まで全くブレなかったこと。
人間はあくまで観察対象であり、彼はいつも淡々と「死の判定」という自分の仕事をこなす。
基本的に、死神は観察対象の死に「可」の判定を下す。情に流されたり、特別な思い入れを持つことはない。
その「死神らしさ」が物語の最後まで貫かれていて、そのおかげで誰のそばにもある「死」を軽快に描くことに成功しています。
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死神は、自分が死神であること、その仕事の内容を対象者に伝えることはありません。ただ近づき、観察するだけ。
しかし、この作品を読んでいると「もし自分に死神が接触してきたら」と考えずにはいられないのです。
7日後に死ぬ(かもしれない)として、自分はどう感じるだろうか。死に怯えるのか、受け入れるのか。これまでの人生を「良いものだった」と思えるのだろうか。
「幸せか不幸かなんてね、死ぬまで分からないんだってさ」
p299
どんなに不幸なことが起こっても、その人生自体が幸せか不幸かどちらだったかは、死ぬときにならないと分からない。ある人物が作中でそう持論を述べます。
なるほど確かに、死という皆に平等に訪れる終わりが来るまでは、どれほどつらい出来事があっても人生はつづきます。
そのあとに起こることは人間には予測できないのだから、自分の人生の幸不幸は死ぬまで判断できないものなんですね。
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死神の目線からの人間の死は、それを見届けることが仕事である彼らにとって、特別なものではありません。
しかし、作中ではこんなやりとりが登場します。
「人が死ぬことってどう思う?」
「特別なことではない」
(中略)
「でも、大事なことだよね」
p323
特別じゃないけど大事なこと。その言葉が、わたしの心に残りました。
当たり前だけど「大事」なこと。この世には、そんなことが大小溢れているのだろうな。
『死神の精度』は、「死」という一見大きなテーマを通して、もっと小さな、わたしたちが今生きている日常の些細な「当たり前」を思い出させてくれる物語なのかもしれない。
読み終わった今、わたしはそう感じています。