寝つけないことが怖かった。
わたしは、定期的に寝つきがとても悪くなることがある。眠れない夜は怖い。ただ困るわけじゃなく、強い恐怖があった。
その日も、眠ることができなくて布団の中でひとり怯えていた。
寝つくことができなくてただ目を瞑っているとき、わたしの脳裏には明日のことがちらつく。このままだと睡眠時間は大幅に削られてしまう。そうなると明日のわたしはきっと身体がしんどいはずだ。明日はやらなければいけない用事があれもこれもあるのに、せっかく立てた予定が眠れないせいで崩れてしまう。きっと明日の夕方は、本当なら済ませたかったことに手をつけられずに迎えるだろう。そんな焦りがぐるぐると頭の中を回る。
そもそも「睡眠」って、人間が生きる上で必要不可欠なものじゃないか。それをできないってどういうこと?!というイライラも顔を出す。
とにかく、眠れないことに対してわたしは言葉にし難い恐怖感を覚えていた。
眠れなくて目を瞑っているだけの時間は、永遠のように感じる。眠気がやってくる気配がないまま時間だけがすぎていく。時計を確認しても、さっき見たときからまだ20分しかたっていない。夜の長さに絶望する。
そんな恐怖心から、眠れないと「ダメ」だと自分を責めるような気持ちがあった。
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眠れない日を繰り返したある日、わたしは吹っ切れた。
いっそのこと、徹夜してしまおう。
怖さの正体と向き合うためにも、眠ることを一度あきらめてみようと思ったのだ。
それに、寝ようとして眠れないんだから、逆に眠らないという選択をするのはおかしいことではないような気がした。
実は、わたしは自分の意思で徹夜をしたことがたぶん一度もない。不眠は年々ひどくなっていて、眠れない時期は一睡もできない夜もあるが、そういうときは夜中寝ようと奮闘していたし、朝が来たあとに電池が切れるように寝落ちたりしていたから完全な徹夜とはちょっとちがう。
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眠れない、じゃなくて自分の意思で一晩中起きておく。そう決めると、なぜか遠足の前日のようなわくわくを感じた。
長い夜、何をして過ごそうか。そう考えるだけでいつも夜に感じていた震えるような恐怖は消えていた。
徹夜初日、わたしは文章を書いたり本を読んだり、思うがままに好きなことをして過ごした。日中やっていることと大差ない過ごし方だったけれど、今が夜中でいつもなら寝ていなければならない(と思い込んでいる)時間だと思うと、親に隠れて布団の中でゲームをしているような、ちょっとした後ろめたさと高揚感を感じた。
時間はたくさんあるから暇になってしまうかなと少し心配していたけれど、それは杞憂に終わった。楽しい時間はあっという間だと言うがその通りで、わたしの眠らない夜は気づけば明け方を迎えていた。
気づいたら朝の4時。こんな時間まで起きて活動していたのは初めてだ。
今日は徹夜をすると決めていたけど、なんだか急激に眠気がわたしを襲った。そして気づいたらベッドで横になっていて、そのまま眠りに落ちてしまった。
あんなに寝つきが悪かったのに、寝るのが怖かったのに、自然と「寝る」という行為を行っていた自分に、昼頃目覚めたときは「あれ?」と思った。眠らないと決めたのに、その反対の行為をしている。
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しばらくは「眠ろうとしない」ことにしていたから、この次の日も徹夜をすることにした。
同じく夜の始まりはわくわくするんだけど、明け方3〜4時あたりでどうしても眠くなり、最後には布団の中で眠りに落ちてしまう。それを何日か続けた。
結局一度も徹夜を完遂することはできなくて、その数日間でわたしの睡眠に対する気持ちには変化が生まれていた。
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「眠らなきゃ」と思って、眠くないのに布団に入っていたときは、夜が怖くて仕方がなかった。眠るという「しなきゃいけないこと」をできない恐怖。わたしは何てダメなんだ、と知らぬ間に自分を責める行為に発展していたんだと思う。
でも、眠ることを自分へ課すことをやめたら、不眠が恐るべきものものではないと気づいた。徹夜しようとしたことで、たとえ眠らなくても何もおこらないとわかったのだ。
わたしは、未知のものに対して勝手に恐怖を抱えていたらしい。徹夜をしたことがないと書いたが、わたしにとって「眠らないこと」は「知らないこと」だった。知らないことは恐ろしく見えることがある。でも、暗闇のそいつにライトを当ててみたら、わたしが想像していたよりもなんてことないかわいい姿をしていた。
何日間か徹夜チャレンジを続けたが、結局完徹できた日はなかった。「起きておくぞ!」と決めても明け方には自然と「寝るか」という気持ちになり、気づいた時には布団に入って眠りに落ちていた。
その後は徹夜こそやめたものの、眠ることに固執しなくなったように思う。
眠くなったら寝ればいいし、眠くないなら起きていればいい。ただそれだけのことを自然と思えるようになっていた。
眠れないならいっそ徹夜してしまおうと思い切れば、眠れない夜への異常な恐怖心はすっかり消え去っていた。
これからも眠れない夜がやってくることもあると思う。でももう、わたしは大丈夫。