映日堂

ままならない日々のこと

じゃがりこはたらこバターこそ至高

じゃがりこというお菓子を、昔から食べてきた。

わたしにとって特別な存在というわけではなくて、「今日のおやつは何?」と母に問い出てきたものがじゃがりこだったら、可もなく不可もなく、といった評価を自分の中で下していた。

その程度の存在だ。

大人になった今、お菓子は自分で買う。あるときスーパーマーケットで、広告の品となっていたじゃがりこを発見した。

おなじみのサラダ味、チーズ味と並んでそこにあったのが、たらこバター味だった。

この味、食べたことあったかしら? 覚えのなかったわたしは本当にちょっとした冒険の気持ちで、そのたらこバター味のじゃがりこを買い物かごに入れた。

ある日のおやつの時間、何気なく食べ始めたそのじゃがりこ。一口目をがりと口にした瞬間、衝撃を受けた。

なんだこのうまみの爆弾は!

じゃがりこたらこバターは、「たらこ味」というより「うまみ味」といった方が良いのではと思うくらい、うまみが強かった。

とにかくうまい。やみつきになる強烈な味に、食べる手が止まらなくなっていた。お菓子を一度にたくさんは食べられないわたしだが、たらこバター味のじゃがりこは気づけば空になっていた。

翌週、同じスーパーへ買い物に行ったとき、お菓子コーナーでまたじゃがりこが目に入った。

あの味が忘れられないわたしは、よっぽどまた買おうかと思ったが、ひとりでうろうろと葛藤した結果、この回は見送る選択をした。

好きなものを高頻度で続けて食べて飽きてしまうこと、それ以上に悲しいことはないからだ。

数週間後、満を持して再度購入。改めて食べても、やっぱりそのうまさに変わりはなかった。

「これ、超うまい!」と思った食べ物には、2種類の末路がある。

ずっとお気に入りでいられるものと、最初の衝撃を超えられないものだ。

後者は、2度目に口にしたとき「それほどでもないな……?」と魔法が解けてしまう。あの瞬間のがっかり感ったらない。この世から「わたしの好きな食べ物」がひとつ消えてしまったということなのだから。

じゃがりこたらこバターは、幸いなことに前者であった。魔法は解けずにいる。

先日、買い出しに行ってくれた夫がわたしへのお土産にじゃがりこを買ってきた。

「なんか、じゃがりこがうまいって言ってたよね?」というふんわりした認識だったようで、彼が手渡してくれたのはサラダ味であった。

買ってきてくれたものは喜んで食べる。が、やはり感動はなかった。どこにでもある普通のおいしいお菓子だ。

期せずして、やはりわたしはじゃがりこが好きなのではなく、じゃがりこたらこバターの虜なのだと否応なく再認識させられたのだった。

今も、たまの楽しみとして購入している。好きでい続けたいから、その頻度は数ヶ月に1回程度と控えめだ。まだ今でも、食べるたびに新鮮にそのうまみに驚く自分がいる。

わたしとじゃがりこたらこバターのおいしいお付き合いが、フレッシュな衝撃を保ったまま長く続くことを願っている。