映日記

ままならない日々のこと

通り過ぎていく、もう2度と出会えない感覚たち

人生でもう2度とできないことってたくさんあるよな、と唐突に思う。

今日は調子が悪く朝から寝込んでいて、1日の終わりにお風呂にだけは入ろうとなんとか起き上がった。身体を洗い湯船に浸かってふっと一息ついたとき、「もし明日にでも大病になったら」などと想像してしまう(体調不良のときはメンタルも不安定になりがちだからね)。そうしたら、ただこうして湯の気持ちよさを感じることさえ永遠にできるわけではないのだ、とふと思った。できて当たり前のことも、いつか終わりがある。そしてそんな些細だけど貴重なことは、気づいていないだけで日常の中に溢れているのでは、とも。

すでに通り過ぎてしまったことも、28歳のわたしにはたくさんあるんだろう。ある年齢や状態でしか体験できないこと、感じられないことは確実に存在する。例えば、いくつになっても大学には入れる。しかし中退したわたしがまた大学生になったところで、あの頃と全く同じ体験はできない。そこには現役だからこそのド直球な青春が確かにあったのだ。「年齢は関係ない」なんて言葉はよく聞くけれど、もう絶対にできないことがあるのも事実だと思う。きっと歳をとるってそういうことなんだろう。

わたしは、できなくなったことを思って嘆くことがよくある。20歳の頃に心身をやられてから、できることの幅がグッと狭まってしまったから。でも、案外人生ってそんなものなのかもしれない。わたしの場合のように突然大きな変化があると受け入れるまでに時間がかかるけれど、どんな人でも少しずつ何かを終わらせながら生きている。

同時に、「だから今できることに感謝して生きよう」というのはちょっと綺麗事かなとも思ったりする。今を大切にしたい、そういうピュアな気持ちはすぐに薄れるもので、ながらスマホをしながら人生を消化する日々にまた戻っていくことになる。

ただ、逆に歳をとらないとできないこともある。わたしはこれからの人生でまだまだ新しい経験をするんだろう。そしてその時にしか得られない体験、感じることのできない感覚は常にあとから気づくことになるだろう。

文字に起こすことがとても難しくてもどかしいが、今日のわたしはこんなことを感じたんだとここに残しておく。この感覚を、もう2度と感じられないかもしれないから。