映日堂

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しばらくは疲れてさみしいままで|2024年4月3日(水)

朝から夜にかけてどんどん失速していく日だった。普段からその傾向はあれど、今日はそれが顕著だった。起きてすぐ朝マックに行き、午前は大学の課題のデッサンに手をつけ、しかし昼寝をたっぷり1時間したあたりからおやと思い、本を読み、本を読むことすら億劫になって仰向けに寝た。

 

疲れているんだと思った。でもその疲れにまかせて力を抜き切ることができなくて休まらない。これは何だろうと考えて、体は疲れているけど心が元気なのかもしれないと気づく。体と心で疲れ具合にギャップがあるのだ。

わたしは体力と気力のバランスが元から取れていないんだと思う。体力が少なくて、気力が異様に多い。だからいつも体はすぐに根を上げるけど心が「何やってんだよ、まだまだ行こうぜ!」とわたしを急かす。今回もそのパターンだろうと思う。

 

「さみしいんだよ」と夫は言った。それもわかる気がする。今のわたしはさみしさを感じている。さみしいから家でひとりでじっとしていたくなくて、車で適当な場所へ行き外界を眺めながら家にいるときと同じことをする。

わたしは家にひとりでいるとき、人のかたちを保っていないことがしばしばある。よく「液体になっていた」なんて表現しているが、人は観測されないとそのかたちを保てないんじゃないかと本気で思ったりする。ちょうど今日のわたしは液体で、夜に夫が帰ってきてから途端に固体になって生き生きとたのしそうにベラベラと喋りはじめた。

 

何の話だっけ、わたしは疲れていてさみしい、か。体と心のギャップが埋まることはなさそうだし、さみしさを埋める術も今のわたしは知らない。しばらくは疲れてさみしいままで、ふわふわした日記を書いていくんだ。