
右手に荷物を下げてスーパーでの買い出しから家に帰ってきたある日の午後。ドアを開けようとポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだところでちょっとした混乱がわたしを襲った。
どちらに回せばいいんだっけ?
状況によってはやばい疑問だが、この混乱の答えは簡単。左手で鍵を開けようとしたからだ。
わたしはいつも右手で鍵を鍵穴に入れて回す。このときは右手がふさがっていて、無意識に左手を使って鍵を開けようとした結果、いつものとの違いに戸惑ってしまったのだった。
普段は考える余地すらなくやっていることが、左手にするだけでスムーズにできなくなる。
わたしの左手は、極端に不器用だ。
普段、荷物を持つときもドアを開けるときも、すべての動作を右手で行なっている。左の耳かきをするも右手。もはや意識せずとも右手を優先させるクセがついている。
今わたしが暮らしている部屋の風呂は、浴槽が洗い場の左側にある。だから湯船に張ったお湯を使うとき、その湯をすくうのは普通は左手だろう。だけどそこで体を捻って無理やり右手を使うほど、わたしは左手を使うことに苦手意識がある。
ここで、疑問がひとつ浮かぶ。
わたしは、長年ピアノを習ってきた。ピアノなんて左手をたくさん使う最たるものではないか?
実はピアノを弾く分には、わたしの左手はそこそこ動いてくれる。練習曲のような指を鍛える曲では、右手と比べて左手の疲れが強く感じられたが、困ることはその程度。特に問題なくピアノを演奏することができていた。
とにかく、わたしの左手は日常動作において自分で思っていた以上に極端に不器用らしい。しかもそれは、ピアノで鍛えても治らないほど。もはやこれは、生まれつきのものなのだと思う。
左手では鍵すらかけられないんです、と言ったら、きっとピアノを両手でなめらかに弾けるだなんて信じてもらえないだろうな。買い物袋を下げたまま、玄関でひとりふふふと笑う。