映日堂

ままならない日々のこと

理由のない不安の日、それでも生活は進んでいく

 

今日はこまごまとしたことをいくつか済ませた。

洗面台を磨いてコップを漂白し、洗濯物を干してたたんで、買い出しに行った。犬の散歩にも出た。

なぜこんなに動けたか。それは、不安があったからだ。

 

わたしは、漠然とした不安にとらわれることがよくある。その不安に理由や原因はなく、ただただ不安感がわたしを押しつぶそうとしてくるという厄介なやつだ。

今回も、昨夜から続くそれにとらわれて動けなくなりそうだった。

今まで何度もこの不安への対処法を考えてきて出た結論が、「不安がありながらも行動しよう」というもの。

不安自体を追いやるのは難しい。だから、なるべく気を逸らそう。そのためには、何か行動するのが手っ取り早い。

そんなわけで今日も、無理のない範囲でちょこまかと動いたのだった。 不安があった方がタスクの完了率が高いのがなんとも皮肉なことだ。

 

理由のない不安って対処が本当に難しい。だって理由がないから。これを解決したらOKという類のものがなく、ただそこに存在している不安は、どうやってもつぶせない。

そんなわけで、何か行動をしているときは、なるべくそのことに意識を向けるようにしている。

そうやってしんどいなと思いながらでも行動していると、「あ、今しんどさを忘れていたな」という瞬間がたまにある。

今まではそんなとき、しんどい気分に引き戻されてしまったことを嘆いていた。ああ、またしんどくなってしまった、思い出してしまった、と。

が、最近ちょっと思いついて、そういうタイミングには視点を変えて「ラクな時間が少しでもあったな、ありがたい」と思うようにした。

 

染みついた思考の癖はなかなか矯正できない。今日も何度もそのつらさに押しつぶされそうになった。

けど、考え方を変えることは、繰り返すことで強化されていくはずだ。

今日は、1日中つらい気持ちでいた。だけど客観的事実だけ見ればいろいろと用事を済ませられた、充実した日であった。

よくがんばったね、と自分を労ってあげたい。つらい中でもこうして生きていることを、自分自身が認めてあげられるようになりたい。