映日堂

ままならない日々のこと

わたしにしか書けないことがあるとして(本を出すという夢について)

いつかエッセイ本を出したい、という夢がある。

今までは漠然とそう思っていて、でもそれに至る道筋がまったく見えずに、ただ悶々をその夢を持て余していた。燻りまくって頭から煙がもうもうとあがるのが見えるほどだった。

それが最近、本を出すというのは自分でもできるじゃん? ということに気づいた。ZINEというやつだ。

わたしはブログを持っていて、エッセイのような文章をぽつぽつと書いては載せている。それを、ZINEをつくるという前提で書いてみればいいんじゃないかと。

タイトルやテーマを設定して、それに沿った文章をブログに書き連ねてゆく。ある程度の本数がたまったら、印刷・製本して1冊のZINEにする。

わたしの「本を出す」という夢は、それで叶えられる。

方法が明らかになったのだから今すぐ行動すればいいのだが、実はまだ準備中だ。

というのも、わたしはまだ「文章を書く」という行為を習慣化できていない。毎日、書くことを続けるだけであっぷあっぷしている。

今そこにテーマという縛りを加えたら、途端に書く手が止まってしまうことが目に見えている。書かなければ始まらないから、そうなってしまったらもう夢どころではない。

だから現時点では、何でもいいから書いたらOK、と自分に言い聞かせながら手を動かす日々だ。

もう少し余裕が出てきたら、何かわたしらしいテーマでエッセイを書くというプロジェクトをスタートさせようと画策している。

わたしらしさってなんだろうね。わたしにしか書けないことはあると思っているけど、それが具体的に何なのか問われると答えに窮してしまう。

うっすらと浮かべているのは、「ままならなさ」について書きたいということだ。

いわゆる”普通”の人生をあきらめて久しく、心身のままならなさに振り回されてきた。今でも毎日必死で生きていて、時に空回りしつつ滑稽にあがいている。いつも家にいて、狭い世界で息をしている。

そんな人の書くエッセイがあってもいいのではないかと思う。

同じだと共感してくれる人も、何だこいつと笑い飛ばしてくれる人も、きっといるはずだ。

ZINEを出そうと言ったものの、最終的な夢は大きく商業出版だ。気恥ずかしいけれど、望むことを表に出すのは大事だと思うからあえて書いておく。

でもこれは、わたしが自分の力でどうこうできる話ではない。

この世には変えられることと変えられないことがある。出版社から声をかけられたいという野望は明らかに自分では変えられないことで、だからそれをわたしがコントロールすることは不可能だ。

わたしはわたしが変えられることをする。自分で変えられる部分だけをやっていく。

そう言い聞かせながら、文章を書いている。

 

今週のお題「準備していること」