映日堂

ままならない日々のこと

大阪に越してきて1年が経ちました

昨年のちょうど今日、大阪の北摂地域に引っ越してきた我が家。いいタイミングだし、初めての大阪で暮らした1年間の日々を振り返ってみようと思う。

ここにやって来る前は、兵庫の西端である西播磨という地域に住んでいた。

わたしたち夫婦はそれぞれ岡山、広島の出身で、兵庫は夫の仕事で縁があり移り住むことになった土地だ。

そこは家の近くにコンビニこそあるものの、買い物へ行くには車が必須の、田んぼと住宅ばかりな場所だった。山も近くて、少し車を走らせればすぐに山道に突入するような。

兵庫の中でも西の端っこだったから、数十分あれば我がふるさと岡山に辿り着くような距離だったけれど、岡山と兵庫の県境を越えるとそこは関西という名の別世界。

今まで暮らしてきた岡山や広島とかなり雰囲気が違って、中国地方が恋しい日々が続いた。

それでも、5年経ち兵庫を離れることが決まったときには、「せっかくここでの暮らしにも慣れてきたんだけどな」という一抹のさみしさがあった。

そして2025年3月、大阪への引越し。今回も夫の仕事の都合だ。

大阪といえば関西ど真ん中。

大阪に転勤が決まったと知らされたとき、正直にいうとちょっと怖かった。先入観で大阪のコテコテな雰囲気とか、クセの強い人が多そうなんて想像をして、そこに自分が馴染めるイメージが全く持てなかったのだ。

緊張とともにスタートした大阪での暮らし。この1年間は、新しいことだらけの日々についていくことで精一杯だった。

大阪にやって来て感じるのは、やっぱり都会だなあということ。この一言に尽きる。

今まで地方……というか有り体に言えば田舎で生きてきた人間なので、そこからいきなり大阪という大都会に移り住むとギャップの大きさにくらくらする。

大阪は、とにかくすべてが「多い」。

まずなんと言っても、人。通りを歩いている人の数が、今まで生活してきた場所と比べて格段に多い。いつ外に出ても、誰かいる。

人が多ければ、お店も多い。チェーン店も個人店も、とにかくお店の数が段違いだ。生活圏内にほとんどすべてのお店というお店がある。

あ、あれ買いたいな、食べたいなと思ってGoogleマップで検索すると、大抵ある。

ミニマリストの方がよく「街全体を自分の家のように使う」というようなことを言うのを耳にする。田舎に住んでいた以前までは全く意味がわからなかったこの言葉が、都会に住み始めた今やっと理解できた。

確かにこれなら、自宅に大量のストックは必要なく、いつでも好きなときに物を調達できるよな。

お店が多いということは、選択肢も多い。例えば風邪を引いて内科に行こうと思ったとき、どの病院がいいか選ぶことができる。体調が悪くても行けるくらいの距離で絞っても、けっこう選択肢があるのだ。

そして大阪は、イベントも多い。日本第二の都市だから、全国的に宣伝されているイベントはほぼ行ける場所で開催されている。

田舎住みの性として、イベントのお知らせをテレビやネットなんかで目にしても、まず近場ではないのでスルーする癖がついていた。

それが、大阪に来てから「へえ、こんなイベントあるんだ」→「開催場所、近!」という驚きを何度か経験した。好きなアーティストのライブとか、大阪には必ず来てくれるからすごい。これが都会か、と思い知らされる。

なんか、育つ場所が都会か田舎かで価値観って大きく変わりそうだな…と思う。これだけ選択肢が潤沢なところで多感な時期を過ごせたら、わたしはどうなっていただろうな〜なんて考えたり。

いまだに大阪に慣れたとは決して言えない。けれど最近、せっかくなら楽しもうという気持ちにシフトチェンジした。

まだしばらくは大阪にいる予定だし、都会暮らしでしかできないことにどんどん挑戦したい。関西は魅力ある府県がぎゅっと近場に集まっているので、お出かけもしまくりたいなあ。

さて、これからの1年はどんな年になるだろう。